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DANCEART №41 (2015年1月20日発行)
この花もあの花も、名前のある花
コンテンポラリーダンス、
近藤良平、野和田恵里花を輩出した
伊藤直子&伊藤孝の情熱

            インタビュー・文 : 山家誠一

「マドモアゼル・シネマ」の公演を東京・神楽坂の「セッションハウス」に観に行くと、よく思うことがある。なぜ彼女たちの踊りは「分散的」なのかということと、コンテンポラリー・ダンスの発信基地としてのこの場所の持続性に感心することだ。舞踏のテレプシコール(東京・中野)や演劇のこまばアゴラ劇場(東京・駒場)などと同じように、スペースが色合いを持つに至っている。


マドモアゼル・シネマの表現は独特だ。もうずいぶん長いこと見ているが、「美しい」と思ったことはあまりない。が、同時に、行って時間を無駄にしたと思ったこともない。上手いとか下手とかいうのではなく、それぞれのダンサーの印象がそれぞれあり、それが並列して記憶に残っているという感じなのかも知れない。
多分こうした舞台の見え方は、マドモアゼル・シネマを主宰する伊藤直子の考え方、ダンスの作り方によるものだろう。
「私の中に、小さい花がいっぱい咲いている野原が、原風景のようにあるんです。この花もあの花も、よく見るとちゃんと名前のある花なんです。それは多分、子供のころ、田舎に帰ると長い道があって、そこにそんな原っぱが広がっていた。それと父がよく言っていました。"野に咲け"と。それから5人子供がいたんですが、父は"愛は平等"と口に出してよく言っていた。そうしたことが頭にあるんでしょうね。何人ものダンサーがいても、私の頭に中では、この人がメインというのはない。もちろん個性が強くて人にメインに見える人はいますが、私の中では愛は平等で、全部の花を咲かせたい」と、伊藤直子は語る。
「テーマで私はこれをしたいっていうのは、大体何もないんです。訴えたいとすれば、一個の命、誰にも潰されてはならない一個の命であること。それ以上はその時作り易いようにタイトルを決め、向かっていく方向だけをはっきりさせておく」
では、どのように舞台は作られるのか。「哀しみのフーガ。そして」(2014年2月9日。神楽坂セッションハウスにて上演)の場合、「人はどんな哀しみを抱えて生きているのだろうか」ということが起点だった。それぞれのダンサーは自分の日常の中で哀しみの経験を探って行くことになる。人と人の擦れ違いだったり、仕事の行き詰まりだったり、皆違う訳だが、ダンサーの具体性故に、それは東京で暮らす女性たちの哀しみ一般に連なるものだ。
その各々の具体的な哀しみの間隔を、身体で表現する訳だ。ただ、たとえば失恋を描こうとした時、マドモアゼル・シネマには男性ダンサーがいないので、視覚化して観客に伝えることがなかなか難しい。そんな面もあるそうだ。
身体化する時に、伊藤が課していることは、第一に日常の仕草から逸脱していること。第二はそれが視覚化されていることだ。日常がそのまま出ても面白くもなんともないし、目に見えなければ、心の中で思っていると言っても意味がない。


日常仕草からの逸脱

日常の具体性から逸脱するとはどういうことだろうか。記憶にある身体仕草をなぞるのではなく、その時の自分の感情を自分の中で凝縮し、それが身体の表情となって表現されてくる。それは具体的でありながら、習慣的に身体が持ってしまっている振る舞い方ではなくなっているだろう。そんな風に想像する。
それぞれのダンサーが自分の中から動きを作り出した時、それをシーンに組み込んでいくのは、「見る人」としての伊藤の感覚だ。動きを選び、組み合わせて、繋げて行く。幾つもの仕草が一つのシーンの中に重ねられて行く。「その時私の中に起きる音楽とピタッときたらば、ダンサーたちが生き生きと立ち上がる。音楽がすごく大事なんです。シーンができると、私も綺麗だなあと、何かが私に満ちてくる。その時に、CDを持っていれば掛けてみる。それでこのシーンがより良く見えた時はOK。そこにピタッとくる音楽がなければ一晩中探す。これがピタッとこないと、生き生きしないから、シーンはボツということもある。本当に好きなシーンの場合は、音楽が無ければ、ではそこに言葉を入れてみようとか、足踏みの音を入れてみようかなどと試みます。そんな風にして作って行きます。」
マドモアゼル・シネマのダンスは、こんな風に捉えられないか。
各ダンサーの動きそのものは、ダンサーの内面からの表出だ。どの程度の集中力におって、深さと強さを持ち得ているかはダンサーの技量による。確かにマドモアゼル・シネマのダンサーは近年入れ替わりがあり、その分ばらつきに見えるということもある。とは言え、動きそのものは、個々のダンサーの内側からの生の放出力に依拠している。これは舞踏の表現の仕方に通じるものである。ただ、舞踏の場合は身体の表現が空間・空気を作るまで強化されていくが、マドモアゼル・シネマの場合は、その前に形や動きとして、伊藤の外からの見る者の美意識によって採取され、組み立てられている。そこが違う。外から身体を見るという意味で、正にダンスなのだ。舞踏っぽさとダンス、この二つの混然さの面白さではないかと思う。こうしたダンスの作り方は、徹底すればかなり面白いものになるはずだ。


場所の運営


さて、マドモアゼル・シネマのホームグラウンドである東京・神楽坂のセッションハウスは、1991年に伊藤直子と伊藤孝によって設立されたスペースで、以降コンテンポラリー・ダンスの発信拠点として、いくつもの事業を展開していきた。参加者は電話受付順で決定するノンセレクト企画の「シアター21フェス」は97年から続いている。若手の単独公演を支援する「D Zoneフェスティバル」は2000年から、全国の大学生ダンサーによるUDC(ユニバーシティ・ダンス・クロス)公演は02年より継続している。また国際間、世代間の境界を越えてダンサーと表現が交流する「ダンスブリッジ」企画などもある。
こうしたスペースが作られて20余年、コンテンポラリー・ダンスをベースにしながら、どのように維持可能だったのか。持続するためには独立自営が原則だ。スペースもダンサーも、基本「持ち出し」があったら続けられないというのが、伊藤たちの考え方だ。
そもそもなぜこうしたスペースを作ったのか。伊藤直子の強い思いがあった。「私は舞踊協会に入っていて、舞踊団にも入っていた。ところがやめたら、どこにもやるところがなかったんです。オープンの稽古場もなかった。協会に入っていないと新人公演にも出られなかったし、誰でも出ていいと言うのはなにもなかった。かといって自分で単独で公演するのはかなり大変だし。だから、ダンサーが、どこにも所属していなくても踊れる場所、出ることができる所は絶対に作りたいと思った。ダンサーは迷子になるんです。その人たちがいつでも踊って、自分の立ち位置を確かめられる場所をやり続けたいと思ったんです。それが基本で始めました。」
独立自営で場所を運営する基本は、どういう商売でも同じだが、売り上げ、すなわち「チケット代」で回すということだ。照明や音響などのスタッフ人件費や、光熱費、場所の家賃(ローン返済)などはどうしてもかかるので、チケットの売り上げからそれを引き、残りを出演者の出演料としている。多分、ライブハウスの経営と似ているのだろう。ただ、ファンの多いジャズやロックの世界で成り立っていることを、ずっとファンの少ないだろうコンテンポラリー・ダンスで実現していることには驚くばかりだ。
「ですから、ノンセレクトのシアター21フェスや若手単独公演のD-Zoneでは、最低限の所は、チケットを売ってくださいとお願いしています。シアター21フェスの場合、16枚ですか。それをやらないと場所の持続はできない。でもそれ以外の参加費などは、一切ないわけですから」。お客さんが来なければ出演料は出ないが、チケットを売る努力以上の負担はない。
シアター21フェスの申込日などは、電話受付開始15分位で一杯になるそうだ。
「セッションハウスは踊りたい人たちがいるから成り立っている。踊りたい人が維持している場所だとつくづく思います」
外の刺激(批評)はあった方が良いにもかかわらずマドモアゼル・シネマの地方公演があまりないのは、地方ではコンテンポラリー・ダンスで人を集めることが非常に難しいからだ。助成金が出ても、大抵は赤字を抱えることになる。それは、セッションハウスの運営に影響を及ぼしかねない。伊藤たちはセッションハウスという踊りたい人のための場の維持をまず考えるのだろう。

ダンスによる架け橋

セッションハウスでは「シアター21フェス」の活動をベースにしながら、国内ダンサーの公演、海外ダンサー、アーティストの招聘、ワークショップの実施、マドモアゼル・シネマの海外公演など、「ダンスによる架け橋」をキャッチコピーに刺激的なプログラムを展開し、集客に努めている。
2014年10月から11月にかけて開催された「ダンスブリッジ インターナショナル」はギリシャ、韓国、香港、アフリカ・ブルキナファソからのダンサー6人と日本のダンサー十数人が出演、1日数組ずつ踊った。こうしてダンサーが一堂に集まり、観客として俯瞰的に見る位置を持つと、コンテンポラリー・ダンスといっても、ある傾向があるというより、語義通り「現代のダンス」という感じで、様々な表現を見せてもらった!という印象だ。世界の表現の広さを学習したという感覚だ。そして、海外のダンサーと日本のダンサーを細かく見比べられるのは興味深いことだった。個人的な事なのか、文化的な風潮の違いなのかは分からないが、日本のダンサーは概して、自分の表現に自己中心的に集中しているように見えた。つまり、自分の表現の「プロセス」を見せているという感じだ、それに対して、海外のダンサーは、観客との関係が、パフォーマンス成立の前提に、よりなっているように感じられた。観客としては後者の方が表現空間に集中できる。そして、技量はそれぞれだったが、海外のダンサーと国内のダンサーの一番の違いは、遠く日本までやって来るということ故かも知れないが、表現者としての気迫の強さだと思った。日本のダンサーはまだ公演を打てるが、海外からの人はこの一回が観客との出会いにおいて勝負、ということがあるからではないか。その緊張、それ故の集中力、それがやはり体の表情を作り、空気・空間に出て、観客に伝わるのではないか。海外からのアーティストがしばしば魅力的に見えるということの理由の一つがこの「ダンスブリッジ インターナショナル」で少し分かったような気がした。刺激の発信基地としていつまでも続いて欲しい。

週刊オン★ステージ新聞(2013年9月27日1979号)
マドモアゼル・シネマ『赤い花・白い花』
 マドモアゼル・シネマの公演『赤い花・白い花』が行われる。2003年に東京で初演されその後海外で度々上演、7月にはアヴィニョン演劇祭で11回の公演を行った。赤い花は生、白い花は死のイメージ。少女期の記憶を蘇らせ、風化した時間を辿る。振付・伊藤直子、出演・相原美紀、竹之下たまみ、佐々木さやか、佐藤郁、外園彩織。衣裳は原田松野。
 9月28日(土)7時、29日(日)2時、6時、セッションハウス。3000円、当日3300円。

マドモアゼル・シネマ アヴィニョン公演報告
 アヴィニョン演劇祭はOFFが7/8~31まで1200余りの演劇やダンス公演がありマドモアゼル・シネマはOFFに参加し、日本舞踊の坂東扇菊と劇場をシェアし7/20~30まで『赤い花・白い花』を上演した。「初日からほぼ満席」という幕開けだったが、1日2回街宣活動を行い幅広い客層を得た。プレスの来場は少なかったがパリの批評家とラ・プロヴァンス記者の批評が発表され三つ星評価も得た…」と伊藤直子より報告。
演劇ぶっく(2013年10月号)
マドモアゼル・シネマ 『赤い花・白い花』

記憶と忘却の彼方に存在する少女期の情景と時間が交錯する中で、浮かび上がる「私達の現在」。ダンスのキーワードは“花の記憶"です。この作品で今年7月、アヴィニョン国際演劇祭に参加。11日間に亘る公演で各国から集まった観客から共感の喝采をあびました。その熱い体験を皆様と分かち合える公演にしたいと願っています。


撮影:楠田健造
La Provence.com(2013/7/28)
Dansejaponaise, 伝統と現代を掛け合わせて

坂東扇菊の公演に引き続き,カンパニーマドモアゼルシネマがLa condition des soiesの舞台に立つ。伊藤直子の演出による、この極めてフェミニンなカンパニーは、伝統と現代をmixしたダンス公演を提示している。東京から来た5人のダンサーの名は、ミキ,タマミ,サヤカ,フミ、サオリという。
彼女達のダンスのテーマは非時間的な、永遠不変の「旅」である。
そしてそれは、日本のポップカルチャーを取り入れた衣装と舞台セットにより、さらに高められている。ダンサー達の個人的な経験から創られた彼女達の探求は、白い花と赤い花の対比により象徴されている。意味のある色たち、社会階級や成熟、桜の開花と共に過ぎゆく季節の象徴…。5人の花達の記憶は私たちに過ぎ去ったつかの間の、はかない記憶を思い出させる。振付家である伊藤直子は若いダンサーの忘却された記憶についての探求を、彼女達の身体を表現手段に変えることで、私達に伝えた。
日出ずる国から来たこのエネルギー溢れるダンススペクタクルに感嘆できる日はあと残り数日しかない。
原文URL: http://www.laprovence.com/article/loisirs/2467679/fleurs-rouges-fleurs-blanches.html
théâtre du blog(2013/7/29)
東京からやって来た2つのグループが,La Condition des Soiesの美しい円形劇場での貴重な10日間ずつの公演を分かち合った。前半は板東扇菊によるL'EtéChushingra、後半はカンパニー:マドモアゼルシネマによる、Fleurs rouges, Fleurs blanchesである。
私たちはFleurs rouges, Fleurs blanchesで坂東扇菊の作品と全く違った世界を発見した。Fleurs rouges, Fleurs blanchesは伊藤直子により、1991年に設立したセッションハウスという東京の小さな劇場で創られ、そこで彼女は1993年にマドモアゼルシネマを結成した。
彼女は言う、<<ダンスの目的は、それぞれのダンサー達が心に秘める感情や思考や記憶を、身体という媒体を介して具体化することだ>>。
彼女のカンパニーのレパートリーの一つであるこの作品は、花に象徴された、人生や死についての物語である。5人のダンサーは、美しいエネルギーで、このパフォーマンスを演じている。
※原田松野による衣装は、型破りなファッションショーのようで風変わりで魅惑的だ。
幸運にもフランスの地で彼女らのコンテンポラリーダンスを見られる観客達は、機を待たずにぜひとも彼女らの作品を体験して欲しい。
Jean Couturier

(※原文に記載されている左京督子は街宣用の衣裳の製作者なので原田松野に訂正しました。)

原文URL: http://theatredublog.unblog.fr/2013/07/29/lete-chushingura/
日刊いわくに(2012/10/4)
躍動する舞台
 マドモアゼル・シネマ公演 童話風ダンス劇


「号外、ごうがい~」
 舞台が開幕すると、一輪車に乗ったダンサーが観客席まで回ってきて「ポワント条例が発令されました」と告知して回った。
 2日午後7時、シンフォニア岩国多目的ホールで開演した女性中心の舞踊集団「マドモアゼル・シネマ」の国内巡回公演。「東京タンゴ秋」を演題に上演され、席を埋めた約250人の観客はダンスの楽しさに酔った。
 マドモアゼル・シネマは東京・神楽坂の小劇場セッションハウスの劇場付き舞踊団として1993年に設立された。振付の伊藤直子さんを中心に新たな舞台表現を探る女性ダンサーやアーティストが集い、活動している。
 98年から活動を「旅するダンス」とし、フランスやドイツ、ブルガリアなど欧州公演を続け、日本人女性の「かわいい」からだが発する強じんさとエネルギーが観客を圧倒、驚きと感激をもって迎えられた。2008年には文化庁芸術祭新人賞、11年にはポーランド・グリフィノ国際フェスティバル観客賞を受賞した。
ダンサーはクラシックバレエやモダンバレエ出身者らで構成され、お茶の水女子大で舞踊教育学コースを修了したメンバーもいるなど多彩。今回の公演はクラシックバレエのプリマで現在は大学客員教授の尾本安代さん、男性ダンサーで大学の非常勤講師の松本大樹さんを交えて、とっておきの舞台を作り上げた。
童話仕立ての物語は、カエルの王様が「村民はいかなる時もポワント(バレエのトゥシューズ)を履くこと」と「ポワント条例」を発令したことに始まる。
美しい村、美しい村民、夢の村を作るにはポワントは最適というわけだが、村民は生まれて初めて履くポワントに戸惑い、大わらわ。ポワントを履き、爪先立ちのままお茶を出したり、田植えをしたりと苦労と苦痛の連続。4年後に条例に賛成か、反対かで村民投票を行う。
ダンサーたちは柔軟なからだと高い身体的能力を発揮して舞台を縦横に飛びはね、踊り、バレエの持つ普遍性とコンテンポラリーダンスの独自性との対比を演じる。コミカルなダンスやしぐさに観客は大受け。ダンサーが観客にワインやお茶を提供したり、村民投票に参加させたり、観客席を巻き込む舞台進行にすっかり引き込まれた。
さて、観客に村民投票結果はポワント条例継続派が過半数を超えるという結果になったが、村民たちは「こんな不自由な生活はいやだ」と拒否、制約から解き放たれ、形式にとらわれず、在りのままを表現する喜びを演じる。
大拍手の終演後、9月30日に行ったワークショップに参加した市民も舞台に上がった。小中生を含む参加者はプロのダンサーと生き生きと舞台を演じた。
共同主催したフォーラム2012<岩国>の総合ディレクター・原田文明さんは「マドモアゼル・シネマの舞台は5年ぶりの2回目。ユーモアたっぷりで楽しいステージになりました。観客とのやりとりも面白かった」と話していた。
毎日新聞(2012/6/14)
「つぐちゃんの空」-わすれない、わすれられない

23日19時▽24日15時▽同18時、セッションハウス地下1階スタジオ(地下鉄神楽坂駅)。
原案・振り付け・演出=伊藤直子、出演=大方斐紗子、竹之下たまみ、大島菜央ほか。

 マドモアゼル・シネマは、コンテンポラリー・ダンスの拠点「セッションハウス」の劇場付き舞踊団。伊藤直子さんを中心に、新たなダンス表現を探る若手ダンサーたちが活動する。ダンス・シアターの手法を取り入れた公演は、国内外から高い評価を受けている。
 本公演は、東日本大震災で津波の犠牲になった子どもたちや我が子を亡くした親たちを思って創作した。伊藤さんは「亡くなった子どもたちの住む場所は、きっと空にあるのだろう。そう信じたい、信じさせてあげたい」と感じたという。
ステージに広がる「空」は、現在と過去をつなぎ、あの世とこの世を結ぶ。そこでは子どもたちが集まり、ゆらゆらふあふあと、輪になって踊っている。不可能な交じり合いを求める人の思いと切実さを、ダンサーの身体、大方斐紗子さんの朗読、映像と美術など多様な表現方法で伝える=写真はリハーサル風景。一般3000円。電話03・3266・0461
読売新聞(2011/8/30)
東京タンゴ 偽りない自分を表現
 寄せては返す波の音が、はかなく消えて行った記憶を悼むかのように、開演前の地下スタジオに響いた。
 コンテンポラリー・ダンスの拠点として名高い東京・神楽坂のセッションハウス20周年を記念して、劇場専属カンパニーのマドモアゼル・シネマが「東京タンゴ」を再演した。演出・振付の伊藤直子は、元ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団のジャン・ローラン・サスポーテスを客演に迎え、童話仕立ての脱ポワント(トゥシューズ)物語を作り上げた。
 カエルの王様の命によるポワント条例なるものが施行され、村人は何をするにも四苦八苦ー。見た目には美しいが、いざ履いてみると苦痛と困難の連続であるポワントをアカデミックなバレエの象徴とすれば、この物語は、制約から解き放たれ、自由を謳歌するコンテンポラリー・ダンスの誕生秘話と言い換えることもできるだろう。そこには形式に捉われることなく、偽りない素のままの自分を表現したいとの強烈な欲求が見える。
 スタジオでの多くの出会いを通じ、自らの体験を他者と共有する術を身につけたダンサーたちの表情は明るく、たくましさを感じさせた。「カルメン」、「ウナ・セラ・ディ東京」、かつての人気バンドたまの楽曲をはじめとする郷愁を誘う音楽にのって、時に悩ましく、滑稽に、大胆にステップを踏み、大円団の群舞では、サスポーテスの悲しげな表情とともに、人々の心と身体に刻まれた記憶を呼び覚ますことに成功した。
 ダンス・シアター(演劇的ダンス)の手法によって、より豊かな表現が可能となったダンスの魅力を、さらに深めることを期待したい。

舞踊評論家 池野惠
公明新聞(2011/3/11)   伊藤直子エッセー掲載
 ◆若い情熱に押されて
  東京・神楽坂にダンスのための小劇場セッションハウスを作って、今年は20年目を迎えます。ダンスを通して大きく揺らぐ時代を見、たくさんの人と接しました。 20歳で出会った若者が40歳になり、私は65歳になりました。年は十分にとりましたが、変わらぬ好奇心や挑戦が続く現場では年の差は関係なく、ダンスが花開きます。 "てっぱんダンス"で日本中を踊らせているコンドルズ主催の近藤良平さんは第一世代。第二、三世代と次々と受け継がれる若者たちのダンスへの情熱は20年間途切れることなく、 国内外のダンスシーンにつながっていきます。「旅するダンス」はその環境の中で生まれてきました。
 女性ばかりの舞踊団「マドモアゼル・シネマ」を作ったのは1993年、踊りたい若者たちの意を受けて決心。 経済的に自立できていない日本のダンス現場にあって女性が一生踊ることの難しさは簡単に想像できました。 出会いと別れにどう対処できるか舞踊団結成は覚悟のいることです。
 しかし若い情熱に押されて「マドモアゼル・シネマ」は発車、初作品『ノスタルジア』を発表。 無垢と野生が交錯する彼女たちのダンスは、振付を担当した私の目論見を超えた鮮烈なデビューでした。私たちのダンスシアターの誕生です。
 勝ち負けで判断できないダンスの価値観を知ったのは、初めて見るダンスシアター、ピナ・バウシュの舞台です。 舞台上のダンサーはまるでそこで生活しているようで、私の知る"テーマを踊る"モダンダンスと大きく異なるものでした。 ピナに背中を押されてダンスという宇宙にさまよい出た人は数知れず。私もその中の一人、誰かとつながり共有し生まれるダンスシアターに出会ったのです。 ミュージカルのようなストーリーもなく、バレエのようなテクニックもないダンスシアターは、一人ひとりの記憶を包んだ個々のからだと心が支えます。生活することと同じです。

◆「旅するダンス」
あれから17年のときが流れ、ダンスシアターという表現方法を手探りでさがし、出会いのあったピナダンサーのジャン・ローラン・サスポーテスさんに学び、海外でも評価されるマドモアゼル・シネマ独特の表現として発展してきたように思います。 1999年、活動を「旅するダンス」と名付けました。内への旅・外への旅は作品、活動双方のコンセプトになり、かかわる全員が共有。海外へ日本の各地へとダンスを運び踊ります。 生活者として社会の中で生き、ダンサーとして表現するマドモアゼル・シネマのダンサーは終電までのリハーサル、朝から仕事とハードな生活を続けています。 支えるのは出会う人への思い、観客と過ごす時間への予感。今年もポーランド、ポルトガルと旅しますが、小さな物語を生きる彼女たちのからだは海外で本領を発揮、驚きを持って迎えられます。 違いを認め合うことから始まる価値や交流に私たち自身が気付くときです。
 そうして日本人のからだを前面に踊り続けるマドモアゼル・シネマは、観客という"共存する未来"に向かって旅するのです。
演劇ぶっく(2011年2月号)
マドモアゼル・シネマは「あるがままに」
近藤 マドモアゼル・シネマという名前を付けた時から知っているので、相当長い付き合いになるんですけど、コンドルズは男だけでやっていて、マドモアゼルは女子がやっているという印象があります。 なんか、「男の言い分と女子の言い分」みたいな(笑)。そういう差が、僕的に面白くて。ただ、僕達の方が分かり易いことをやっているから、作品的に観やすいというか、一般のお客さんがついて来やすい。
伊達 最近よく、良平さんと直子さんを見ていて思うんですけど、男性が作るものと女性が作るものの違いって、元々持っている"性"の違いに関係すると思うんです。 そのときそのときを生きているものと、紡いでいくもの・・・。上手く言えないんですけど、それは全然違う気がします。
伊藤直 私たちは女性のみのカンパニーですけど、女性を売り物にはしていないんです。もっと言えば、女を捨ててもいなければ、売り物にもしていない。 ただただ、あるがままにダンスをやっている。今回の『不思議な場所』は、今年で5年連続上演になるんですけど、 その辺の売らなさ加減が少しずつ伝わり始めたかな?という印象がありますね。

(構成・文 園田 喬)
西日本新聞『土曜エッセー』(2010/12/18) 伊藤直子エッセー掲載
「旅するダンス」と名づけたダンスをするのが私たちの仕事。日本の中も、外国にも大きな荷物を引っさげて回ります。 本拠地は東京・神楽坂。小さなダンスの劇場付舞踊団「マドモアゼル・シネマは女性ばかりの集団です。 私はその中の振り付けを担当、踊り創る女たちは20代から60代まで、幅広い年齢層が特徴。 コンテンポラリーダンスという分野ですが、私は「ダンスの芝居」と考えています。 私のふるさと鹿児島で、子供の頃聞いた歌が活動の原点にあるような気がします。
 <爺さん、婆さん、なご生きやい。米も安なろ、世もよかろ。
  弁天しばやも、またござろ>
 心に残る歌でした。ダンスを仕事とするようになってこの歌を思い出しました。そして願いました。 いろいろな場所に行き、ダンスを踊り、人々に楽しんでもらえるようになりたいと。 願いがかなったのは1997年。ドイツ・アーヘンの舞踊団に振り付けを依頼されたのが、最初の旅。 言葉も通じない大きな人たちと泣いたり、笑ったり、体の言葉を真ん中において『トレイン』という作品を作りました。忘れられない体験です。 どんなに大変でも一生続けようと誓ったほど、他の国で自己をさらけ出してつながることの面白さを知りました。 その後「旅するダンス」はフランス、ブルガリア、ルーマニア、ドイツ、オーストリアなど7回の海外公演に出かけました。
 そして今年10月の終わり、3度目の福岡公演、場所は大エレベータがユニークなぽんプラザホール。 家、家族をテーマにした『不思議な場所』を上演。ダンサーたちは集中し、踊ることに没頭、力強い美しい時間が生まれたように思います。
映像とライブ、家族の物語、大胆な衣装、空気を作る音楽とすべての要素が観客に向かってほとばしり出、 皆さんがそれをがっちりと受け止めてくださるのが伝わります。こんなにもあらわに、真面目になり、 何もかも忘れて集中できるのは、お客ささんとの関係のおかげです。カーテンコールを受けながら、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
 次の日、心地よい余韻の中、博多の街を散歩。たずねたのは櫛田神社と博多町家ふるさと館。 博多祇園山笠のドキュメントを以前見て、オリンピックの選手のような緊張感に感銘を受けたのを思い出しながら足を踏み入れると、まさにその状況が映し出されているのです。 座り込みました。山笠は男たちの祭りでした。それを支える女たち。この祭りを生きている人たちだから、昨夜のわれわれを受け止めてくれたんだなと実感、涙がこぼれてなりません。
  終わって横を見ると旅する仲間のダンサーが涙を拭いています。美術担当も泣いています。人が生まれて死んでいく、ありふれた当たり前のことが、人生の喜怒哀楽を作ります。 潔く締め込み、祭りの場に行く男たちが願う祈りと、私たちが一枚の布で女の晴れ姿を作り、飾る作業が重なります。女の祭りも一夜、命を懸けて踊ります。 たかが踊りと真面目になりすぎるのを恥じる気持ちもありましたが、山笠の命がけがうさを飛ばしてくれました。一枚布を締めこんで来年は、ポーランド、ポルトガルへ「旅するダンス」は続きます。 いつかどこかでお会いしたら一緒に手締めを、シャンシャンと。
朝日新聞(2010/7/12)
「おなか」に注目、現代女性を描く
女性ダンス集団、ベリーダンサーと共演

 女性だけのコンテンポラリーダンス集団「マドモアゼル・シネマ」が31日と8月1日。東京・神楽坂のセッションハウスで「いい子 わるい子 子守唄」を上演する。3年ぶりの新作だ。ニューヨーク在住のベリーダンサー、椎名葉を迎え、「女性のおなか」をテーマに、現代の様々な女性像を視覚化する。
 レギュラーメンバーとオーディションで選らんだ計12人によるコンテンポラリー・ダンス、椎名のベリーダンスの共演だ。
 主宰で振付・演出の伊藤直子は、中東の女性たちによって踊り継がれるベリーダンスが、暮らしに根ざしていることに着想を得た。男性を魅了する、子供を宿す腹の役割に注目した。
 「苦しい記憶も楽しかった記憶も、女性たちの心の深層で世代を超えて受け継がれる。女性たちは、そうした歴史も紡いでいる」と伊藤。現代の作曲家による子守唄が流れ、「胎内のイメージ」という海の映像が映し出される。
 マドモアゼル・シネマは1993年、セッションハウスを拠点に伊藤が設立した。ダンスの中にせりふや歌など、演劇的要素を織り混ぜる。国内外で公演を重ね、「不思議な場所」(08年)で文化庁芸術祭新人賞を受賞した。

寺下真理加
朝日新聞(2010/7/12)
野和田恵里花をしのび
        仲間のダンサーが共演


 神楽坂の地下小劇場セッションハウスで<<マドモアゼル・シネマ2010旅するダンス>>の『記憶の住人』を見た。これは07年5月11日に癌のために舞踊人生の盛りを断ち切られた野和田恵里花のことを、彼女を愛した者たちがいっしょになって思い出そうという公演だった。
 野和田は南米育ち。セッションハウスをホーム・シアターとする伊藤直子主宰の<<マドモアゼル・シネマ>>の中心メンバーとなり、国内ばかりか、海外でも注目されるようになった。 また、人気ダンス・グループ<<コンドルズ>>の主宰者、近藤良平と踊った『小さな恋のメロディ』は、今の時代を生きる女の子の姿を等身大で見せたもので、その愛らしい表現は、とげとげしさばかりを目立たせがちなコンテンポラリー系統のものとしては異色だった。
 『記憶の住人』は、かつて野和田がマドモアゼル・シネマの舞台で見せたさまざまな楽しい場面が織りこまれていた。 彼女といっしょに踊った仲間のダンサーたちが元の振付を踊り、そこに映像の中の野和田の姿が重なった(伊藤直子の振付・構成)。 近藤良平は『小さな恋のメロディ』の中のやりとりを再現して観客の涙を誘った。  コンテンポラリー・ダンスの分野には、次々と新しい舞踊家が登場してくる。表面的なアイデア勝負だけで打って出る者は、たちまちのうちに過去の人となってしまう世界だ。 しかしマドモアゼル・シネマの『記憶の住人』の中で、野和田恵里花の人間味豊かなダンスは今なお輝きを失っていなかった。春浅き地下の小劇場には、彼女のことをいつまでも忘れたくない観客の拍手がこだましていた。

舞踊評論家 山野 博大
バレリーナへの道(77号)
マドモアゼル・シネマと旅するダンス
カンパニーのマドモアゼル・シネマのメンバーは現在7名。
メンバーの伊達麻衣子さんは、関係性を大事にしていグループと説明する。 「1人で踊るのではなく、ずっと隣に人がいて、それでできる自分というのを大切にしています」とのこと。 公演活動を「旅するダンス」と命名し、見知らぬ土地でダンスをする意味も込められ、近年海外公演活動も盛んだ。
 10年選手になるメンバーの相原美紀さんは海外の公演について「コンテンポラリーなのに日本の伝統舞踊と紹介され、重心が低い動きや、 1人で何かをするのではないことを目指しているので、そんなところに東洋的なものが感じられるのかな」と分析する。
 また、メンバーはスタッフとして舞台監督、照明、制作、受付にもかかわっている。 伊藤さんは「ダンサーがスタッフを兼ねていては・・・とよく言われますが大丈夫」と断言する。
 一緒に背負って初めて分かり合えるものがある。その本領を発揮するのが海外公演は地方公演。 劇場入りした時、先方のスタッフと意気投合し、一緒にやるんだという意識が目覚め、いっきに盛り上がる。
取材 : 松山 悦子
演劇ぶっく(2009年2月号)
 ダンスカンパニー“マドモアゼル・シネマ”と音楽グループ“つむぎね”によるコラボレーション公演 『“私音と、“わたし”の風景』。音楽、映像、ダンスのダイナミックなセッションが、そこにある全ての命を鼓舞するかのように、 動き、跳ね、そして舞う。女性ならではの柔らかさと男性さながらの力強さを従えたしなやかな身体は、ただひたすらに美しかった。
演劇ぶっく 園田 喬
週刊オン★ステージ新聞(2008/11/14)
 奇妙な浮遊感が伴う表現

 伊藤直子が率いる女性だけのカンパニー、マドモアゼル・シネマの『不思議な場所』は2006年初演。 昨年は東京のほか岩国と松本でも上演され、今年はルーマニアのシビウ国際演劇祭に招聘された。 今回の凱旋公演を経て、来年はブルガリアのソフィアとオーストリアのウィーンでも上演するとのこと。 みずからの活動を"旅するダンス"と銘打つ団体に似つかわしい作品である。
 言うまでもなく、"旅するダンス"とは、単にツアーに出るという意味ではない。 ダンスシアターの手法をとるこの団体にとって、"旅"とはまず内面への旅、記憶を探る旅である。 それは失われたものへの追憶であり、そのための表現には奇妙な浮遊感が伴う。 国際結婚してドイツに渡った女性の話など、いくつかエピソードはあるが、ディテールは追及されない。 回転木馬の映像や、フランス語の流行歌など、映像も音楽も、個別の記憶を喚起すると言うより、ノスタルジーを感じさせる記号の役割を果たすものが選ばれている。 誰の記憶でもありえ、そして誰の記憶でもない。現実との連絡は、一度断ち切られている。そこに、住む土地から切り離される旅との共通項がある。

 現実は、ここでは括弧に入れられている。前半の、お尻を大きく膨らませた衣装が端的に示すように、作品空間は“ワタシがカワイクいられる場所”として人工的に構成されたものだ。 そこに男性がいる必要がなく、実年齢も忘却される。“;不思議な場所”である“;家”とは、ワタシが決して否定されない究極の癒しの場にほかならない。  カワイサの横溢したこの作品は、無条件で守られる場所への退却なのだろうか。あるいはむしろ、過酷な現実を嫌と言うほど見据えたからこそ、それが記憶に沈澱したときに美しく輝くのかもしれない。 いろいろな意味で、現代日本の女性のありようを映した作品である。

舞踊評論家 門 行人
公明新聞(2008/11/18)

子供のエネルギーを彷彿とさせる躍動感

 ルーマニアのシビウ国際演劇祭に招聘されたこの作品は、振付家・伊藤直子が数年がかりで取り組み、多くの試行錯誤や試練(この作品でもカンパニーでも中心的な存在だった野和田恵里花の夭折)を乗り越え、この最終編となった。国内外での公演を重ねて、ダンサーにも自信と余裕が生まれ、マドモアゼル・シネマの次のページを開く作品に仕上がった。
 「不思議な場所」としての家をテーマとするこの作品では、家という場に集積された記憶の数々が断片的にたどられる。 郷愁や回想を喚起する静的なイメージに、海外の風景や街並みなど現実的で動的な要素の映像(梶村昌世)が加わり、空間や質感に広がりと奥行きが生まれた。 コンクリートの壁や小さな旅行鞄などに映し出された映像は、観客の至近距離で踊るダンサーの身体をより生き生きと見せ、 コントラストのある演出で空間をより立体的に見せていた。
 異質な存在の村雲敦子がシーン展開の要に位置し、6人のダンサーがそれぞれのシーンを様々な色合いに織り込んでいく。 窪田玲のむっくりとした存在感のある動きや、伊達麻衣子のキッチュでおどけた動きは印象に残った。
 腰部が膨らんでいて、ダンサーが人間の子供か子熊のようにデフォルメされて見える白い衣装(原田松野)により、 小さな動きにはユーモラスな雰囲気が加わり、躍動感のある動きは、あり余るエネルギーを発散する子供時代を思わせた。
 この作品では記憶の中の心象風景、ことに詩的な幸福感が表現される。その裏側にある負の存在をも見たいように思えたが、 現実的な問題に日々直面させられる日常があるからこそ、幸福な記憶の玉手箱をあける必要があるのだろう。

舞踊評論家 西田留美可
公明新聞(2008/10/10)
「家」をめぐる姉妹の物語を 女性の親しみやすい表現で

 激動し続ける世界、人と人のつながりもぎくしゃくするばかり。 その中にあって人々の拠り所となる一方で、人間関係の種々相が集約的に見えてくるのは「家」であり、「家族」とも言えるだろう。 東京・神楽坂の小劇場セッションハウスで間もなく行われるマドモアゼル・シネマのダンス公演『不思議な場所』はマルグリット・デュラスの 「不思議な場所です、家は」をキーワードに、幼い時はともに家で過ごしたが今は遠く離れ離れになってしまった7人の姉妹達のダンス物語である。
  この舞踊団はダンス・シアターの手法で、振付・演出担当の伊藤直子の下、一人ひとりのダンサーの身体が内包する記憶を基に編み出した断片的なシーンで作品を構築し、数多くの作品を生み出してきた。
 『不思議な場所』はベルリン在住の映像作家・梶村昌世との共同作業で、記憶の世界とリアルタイムのいまを交錯させながら立体絵本のように綴っていくことに力点を置いた作品だ。

 この作品は2006年の初演以来、07年には国内巡回公演(岩国、東京、松本)、今年6月にはルーマニアのシビウ国際演劇祭に招かれ上演を重ねてきた。ダンス作品は生き物、場所を変え繰り返し上演することで新たな要素が加わり、成長していくものだ。不安に満ちた世界の現在を切り取る強い表現も大切だが、この舞踊団の「家」「家族」をテーマにした女性ばかりの親しみやすい表現が、文化も国情も異なる国での公演でも驚きと共感を持って受け入れられたことは、境界線を越え作品に普遍性を付与していく大きな契機となったように思われる。今回の公演はルーマニアでの体験を経て姿を変えた作品を日本の観客に改めて提示してく公演となるだろう。

セッションハウス・プロデューサー 伊藤孝